仙台地方裁判所 平成8年(わ)450号 判決 1997年3月27日
主文
被告人全国酪農業協同組合連合会を罰金二〇〇〇万円に、同Aを懲役一年六月に、同Bを懲役一〇月にそれぞれ処する。
被告人A及び同Bに対し、この裁判の確定した日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人全国酪農業協同組合連合会(以下、「全酪連」と言う。)は、東京都中央区銀座四丁目九番二号畜産会館内に主たる事務所を置き、会員等の生産する乳牛、牛乳、乳製品その他、酪農製品の運搬、加工、貯蔵、販売並びに輸出等を主たる業務として営み、宮城県玉造郡岩出山町下野目字八幡前六〇番地の一に全酪連宮城工場を設置し、同県知事から食品衛生法に基づく乳処理業等の営業許可を受けて、牛乳等の製造販売を行っていたものであり、被告人Bは、全酪連本所の乳業生産部長として、全酪連直営工場の乳業生産事業の総合的な計画の立案、実施等の業務に従事していたものであり、被告人Aは、全酪連の宮城工場長として、同工場の業務全般を統括管理していたものであるが、
第一 被告人B及び同Aは、全酪連本所の乳業生産部乳業生産課長であったCら多数の者と共謀の上、全酪連の業務に関し、
一 平成六年九月一〇日及び同月一二日の二日間、前記宮城工場において、脱脂乳及び凍結クリームを加えるなどして加工した乳につき、その乳は厚生大臣が定めた「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」上の加工乳に該当する乳であったから、その容器包装には、「種類別加工乳」と表示しなければならないのに、その乳を「成分無調整」「種類別牛乳」と印刷されている容器包装である紙パックに充填して、「全酪三・五牛乳(二〇〇)」等二品目、合計四万六一八六本(合計約九二四三・六リットル)を商品として製造し、もって、商品にその商品の品質、内容、製造方法について誤認させるような虚偽の表示をした。
二 同月一〇日から同月一三日までの間の三日間、全酪連東北販売事業部を介し、宮城県古川市桜ノ目字高谷地二〇八番地の二所在の古川販売店「KITAMURA」(経営者北村忠一)及び仙台市立住吉小学校等一〇五校に対し、前記第一の一記載の商品を販売し、もって、厚生大臣が定めた基準に合う表示がない食品を販売した。
第二 被告人Aは、全酪連宮城工場製造第一課長であった。Dらの多数の者と共謀の上、全酪連の業務に関し、
一 平成七年四月一日から同八年三月九日までの八三日間、前記宮城工場において、脱脂濃縮乳または脱脂粉乳と生クリームを加えるなどして加工した乳につき、その乳は前記省令上加工乳に該当する乳であったから、その容器包装には「種類別加工乳」と表示しなければならないのに、その乳を「成分無調整」「種類別牛乳」と印刷されている容器包装である紙パックに充填して、「全酪三・五牛乳(一〇〇〇)」等五品目、合計四万八三〇四本(合計約三万九三七五・七リットル)を商品として製造し、もって、その商品の品質、内容、製造方法について誤認させるような虚偽の表示をした。
二 前記各製造当日ころ、全酪連東北販売事業部を介し、宮城県登米郡迫町佐沼字中江一丁目七番地の一所在の株式会社ウジエスーパーほか九名に対し、前記第二の一記載の商品を販売し、もって、厚生大臣が定めた基準に合う表示がない食品を販売した。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
一 被告人全酪連について
被告人全酪連の判示第一の一及び第二の一の各所為は、いずれも包括して不正競争防止法一三条二号、一四条に、判示第一の二及び第二の二の各所為はいずれも包括して食品衛生法三一条一号、一一条二項、三三条にそれぞれ該当するところ、以上は、平成七年法律第九一号(以下「改正法」という。)附則二条二項により同法による改正後の刑法四五条前段の併合罪とし、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人全酪連を罰金二〇〇〇万円に処することとする。
一 被告人Aについて
被告人Aの判示第一の一及び第二の一の各所為は、いずれも包括して刑法六〇条(但し、判示第一の一については、改正法附則二条一項本文により同法による改正前の刑法を適用する。)、不正競争防止法一三条二号、一四条に、判示第一の二及び第二の二の各所為は、いずれも包括して刑法六〇条(但し、判示第一の二については、改正法附則二条一項本文により同法による改正前の刑法を適用する。)、食品衛生法三一条一号、一一条二項、三三条に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は改正法附則二条二項により同法による改正後の刑法四五条前段の併合罪とし、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Aを懲役一年六月に処し、情状により改正法附則二条三項により同法による改正後の刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
一 被告人Bについて
被告人Bの判示第一の一の所為は、包括して改正法附則二条一項本文により同法による改正前の刑法六〇条、不正競争防止法一三条二号、一四条に、判示第一の二の所為は包括して右改正前の刑法六〇条、食品衛生法三一条一号、一一条二項、三三条にそれぞれ該当するところ、各所定刑中のいずれも懲役刑を選択し、以上は改正法附則二条一項本文により同法による改正前の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Bを懲役一〇月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
(量刑の理由)
本件は、被告人全酪連の宮城工場長であった被告人A及び全酪連本所の乳業生産部長であった被告人Bが、全酪連の業務に関し、多数の全酪連本所の職員や宮城工場の従業員と共謀の上、宮城工場において、脱脂乳と凍結クリームを混ぜて還元乳を製造し、その還元乳を生乳に混入した加工乳について、その容器に「成分無調整」「種類別牛乳」と偽った表示をしたという不正競争防止法、食品衛生法違反事案及び被告人Aが全酪連の業務に関し、宮城工場の従業員と共謀の上、牛乳の製造過程等で発生した戻し乳に脱脂濃縮乳または脱脂粉乳と生クリームを加えて成分調整した上、これを生乳に混入した加工乳について、その容器に右同様の偽った表示をして販売したという不正競争防止法、食品衛生法違反事案である。
一 被告人全酪連について
まず、還元乳による違反についてみるに、右違反の規模や違反行為が被告人全酪連本所のしかるべき責任者の意向に基づき組織ぐるみで敢行されたものであることに照らすと、被告人全酪連の責任は極めて重いと言わなければならない。特に、還元乳による違反行為は、猛暑による生乳不足に対応するために敢行されたものであるが、このような事態に対しても法の許容する範囲内で対応すべきであり、その結果顧客を失うなどの事態に至ったとしても、これを甘受しなければならないにもかかわらず、被告人全酪連では生乳が不足した場合には、顧客を失うなどの事態を回避するための最終的対応策として、還元乳による違反行為をすることもやむを得ないとこれを容認する考えが広く行き渡っていたため、被告人Bらも本件犯行を選択したものであり、被告人全酪連の運営のあり方自体の中に問題があったと言わなければならない。
次に、戻し乳による違反についてみるに、右違反行為は、被告人全酪連の「白い物は一滴も残すな。歩留まり向上。ロスの軽減。」という運営方針を受けて、宮城工場において組織ぐるみで行われたものであり、しかも右違反は日常的業務として継続的かつ大規模に行われていたのであって、戻し乳による違反についても、被告人全酪連の運営のあり方が役職者の意識に反映した結果とも言え、被告人全酪連は厳しい非難を免れない。
ところで、消費者は、一般に、製造業者が食品に記載した表示を信頼して食品を購入するほかないのであるが、本件は、牛乳という身近な食品についてその表示に対する信頼を大きく損なった犯行であり、その社会的影響は極めて大きいと言える。以上の事情に照らすと、被告人全酪連の責任は極めて重いが、本件はマスコミで大きく報道され、全酪連の売り上げ高は大幅に減少するなどすでに社会的制裁を受けていること、本件を契機に種々の再発防止のための対策を講じていることなど被告人全酪連のために有利に斟酌することのできる事情も存在するので、これらの事情も考慮して主文のとおりの刑を量定した。
二 被告人A及び同Bについて
被告人Aは、全酪連の宮城工場長として、同工場を統括する責任者の立場にありながら、還元乳による違反行為を了承し、また戻し乳による違反行為については、平成六年一〇月から新たに開始されたプレート戻しに関し、より積極的に関与しているのであって、その責任は重い。被告人Bは、本所乳業生産部長として、牛乳の生産についての総合的な方針を決定する立場にあったところ、本所の管理職会議において、還元乳による違反行為で生乳不足を乗り切るという方針を打ち出したのであるから、やはりその責任は重いと言わなければならない。しかしながら、被告人Aは、全酪連本所の指示に従い、あるいは全酪連の運営のあり方を反映させて本件各犯行に及んでしまったという面も否定できないところ、被告人Aは全酪連の一職員としてその運営のあり方に反した判断をするのは困難な立場にあったこと、被告人Aは本件の責任者といて既に全酪連を退職させられていること、被告人Aには前科前歴がないことなど被告人Aのために有利に斟酌することのできる諸事情も存在する。また、被告人Bも、全酪連の運営のあり方を反映させて本件犯行を選択してしまったという面のあること、被告人Bには前科前歴がないことなど被告人Bのために有利に斟酌することのできる諸事情も存在する。そこで、これらの事情も考慮して被告人A及び同Bを主文の刑を処した上、それぞれその刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野貞夫 裁判官 秋葉康弘 裁判官 飯淵健司)